旅女な歴女

ゆるめの歴女が旅して本読んで...

ハノイについて思うこと

ベトナム・ハノイに住んでから早2年7ヶ月。
最低3年と言われて駐在員として出されて、あの時は果てしなく遠く感じた3年の壁をもうすぐ突破するとは、月日の流れはなんと早いことでしょうか。
 
ではもう帰任か?と言われたら、そんな話はいっっっさい出ていないので、まだ1年くらいいるのかもしれません。
 
一度旅行で来てみたいとは思っていたけど、結局来る機会はなく、予備知識ゼロでハノイへ笑
 
せめて歴史くらい勉強してから来れば良かったのに、歴女と自負する割にはアジア史不得意。ベトナムと言えばベトナム戦争くらいしか知らないと言う残念ぶりw
 
調べてみるとハノイもなかなか面白い場所ではあるのですが。
 
ベトナム・ハノイが歴史の舞台に登場したのは7世紀ごろ。
中国が唐の時代だった頃、交易の要所として唐の南方支配を受けました。
その後ハノイの重要性は一時的に薄れましたが、再び11世紀ごろに李朝を興した李太祖(リー・タイ・トー)が、前王朝の都・ホアルーから首都をハノイに遷しました。
 
1873年からはフランスの統治下に入り、1887年以降は仏領インドシナの中心になりました。
1940年からは一時日本の占領下にも入りましたが、日本の敗戦により占領は終了。1946年には「ベトナム民主共和国」として独立宣言をしました。
 
しかしベトナム戦争が勃発した1960年代は米軍の爆撃を受け、街は被害を受けたとのこと。ベトナム戦争終結後は「ベトナム社会主義共和国」として独立しました。
 
ベトナムの街の中の通りの名前は、ベトナムの歴史に大きく関わった人の名前から付けられています。
 
だから世界史を受験で勉強した人は、聞いたことある名前が多いかもしれないです。
上述のリー・タイ・トーを始め、ファン・ボイ・チャウとか…
 
 
旅行で来たことがないから旅行者の気持ちと、在住者の気持ちの対比はできないけれど…
駐在員を始め、現地採用で働いている日本人も大勢いるので、大きく不自由はしていないけれど、
年々ひどくなる大気汚染を始めとする環境ストレスで、大変な思いをしている人は結構います。
 
体調が悪くなっても日本のような最先端の医療は揃っていないので、不安な思いをすることも多々有ります。指定された病院とはいえ、ハノイから1時間近く離れた場所の病院で、静脈麻酔をされ胃カメラを飲んだ時は正直生きた心地はせず…
 
暮らしていく上では大変なことも多々有りますが、旅行で2〜3日の滞在であれば、フランスの影響を受けた綺麗な建物と、東南アジア独特の喧騒が共存する不思議なこの街は結構好きになるかもしれません。(バックパッカーの人めっちゃ多い)
 
ベトナムに「初めて」来た人は何に驚くでしょうか…
 
私はやっぱりバイクの多さでした笑
あるような無いような交通ルールなので、みんな縦横無尽に好き放題バイクで走るから、車もバイクも全然スピードを出せないので、地図上では近い距離も30分から1時間かかることもザラ!
 
ブランド物(ネーミングバリューがあるもの)がベトナム人は好きなので(要は見栄っ張り)、大体みんなHONDAかYAMAHAのバイクに乗っています。
 
次に驚いたのは、平日の真昼間にもかかわらず、絶対に働き盛りの男性がずっとコーヒーを飲んでいたり、釣りをしていたり、バイクの上で絶妙なバランスで昼寝をしていたり…
(逆に言えば女性がものすごい働き者)
 
なぜ男性は働かないのか…色んな話を聞きましたが、また戦争が起こった時いつでも戦えるように体力を温存しているという説には笑いました笑笑 いつまで温存するの笑笑
 
先日中国の「アリババ」のジャック・マー会長が来越した際この光景を見て、「大きな損失」と言ったそうです。まあそうでしょうね笑
 
幸せのハードルが低い、今が幸せだからそれで良いという気質は良い面もあるけど、結局将来どうなりたいのかな?としょっちゅう考えてしまうのです。